風の谷を読み,旅について考える
※1 風の谷
ここでいう風の谷とは、2025年に安宅和人が出版した"風の谷という希望"(以降風の谷本)を指している。 本書をはじめとした風の谷プロジェクトは1982年に宮崎駿がアニメージュに寄稿した"風の谷のナウシカ"から間接的なインスピレーションを受けていると安宅和人本人が認めている。
※2 シュナの旅
ここでいう旅とは、1983年に宮崎駿が出版した"シュナの旅"という作品を指している。ある考察によれば、シュナの旅は同宮崎駿が書いた"天空の城ラピュタ"の後日譚, “風の谷のナウシカ"の前日譚として構築されたものであるとの見方も可能である。
※3 風の谷/シュナの旅的なもの
風の谷のナウシカとシュナの旅はいずれも、社会的、地球的な問題によりディストピア化した世界を描いているが、風の谷プロジェクトはそれを希望ある未来に再解釈することで、参照すべき原風景と進むべき目標とのバランスを保っている。したがって本文章においてもシュナの旅という作品に対し、同様の姿勢を取ることとする。
※4 風の谷/シュナの旅的なものに対する問い
風の谷本では、主に人口稠密な工業社会の脱工業化、再地域化をテーマにしているが、農業の工業化に対する解決策は部分的なままに止まっている。
例えば以下の問である。現在最適化された農業方式は農園の工場化に向かっているが、それが風の谷本が目的とする景観と相入れるのだろうか?今後数十年に亘り激甚化すると見られる自然災害により、自然状態の屋外農地に依存するインフラシステムは非常に脆弱になるものと考えられるが、それでは風の谷における自然の利活用は非常に限定的になるのではないだろうか?風の谷が備えるべき素質としてヴァナキュラー性(土地固有のシステム設計)が論じられているが、現在の工業的農業は標準化によって達成される可能性が高い。農業、工業のスケールメリットと、ヴァナキュラー性を両立させることは可能なのか?
概して未来社会における農業システムの設計は、風の谷のように固定された地域において時間を超えて価値を保存する試みとは対照的に、工業化された農業システムが空間を超えて地域に転移可能かという問いである。そのため、本文章においては、この問とそれに対する思索をシュナの旅になぞらえて「旅」と呼ぶことにする。
基本的な発想
根本的なコンセプトは、今日の発達した技術を用いて,従来の工場のような技術集積された空間で計算される損益分岐ラインの前提を覆し、限りなく広大な疎空間において限界費用を落とすことでマネタイズが可能かどうかという問いである。
※5 試算的なもの
Unitree G1は13セル直列のリチウムイオン電池を搭載し、定格電圧はおよそ48ボルト、充電器の出力は54ボルト5アンペアであることから、電池容量はおおよそ600ワット時前後と見積もられます。平均的な消費電力は300ワット程度で、軽作業状態ならおよそ2時間の連続稼働が可能です。巡航速度は時速5キロメートル前後とされ、したがって満充電で歩行だけを続けた場合の航続距離はおよそ10キロメートルとなります。
このうち帰還のために20パーセントの電力を確保する運用を考えると、往路と作業を含めて消費できるのは全体の80パーセントまでです。つまり、安全に充電ステーションへ戻ることを前提にした場合、ステーションからの実質的な行動半径はおよそ3キロメートルから3.7キロメートル程度となり、この範囲を1つのスタンドアロンステーションがカバーできる現実的な上限だと考えられます。
1基のステーションに10体のG1を配備すると仮定すると、初期導入費はロボット1体あたり1万6千ドル、ステーションが5万ドル程度と見積もられ、総額は約21万ドルになります。ステーション1基がカバーできる半径3キロメートルの面積はおよそ28平方キロメートル、つまり28万3千アールです。これを10体のロボットで分担すると、1体あたり約2万8千アールを担当することになります。
年間の稼働時間を2千時間とし、5年で初期投資を回収する目標を置くと、1体あたり年間に必要な利益は4千ドル強となります。これを担当面積で割ると、1アールあたり年間およそ0.15ドル、つまり約2円の純利益を生み出せば収支が釣り合う計算になります。この値は一見すると小さく感じますが、それはロボットの作業密度が極めて低い設定であるためです。
実際、1体のロボットが1日に使える稼働時間は8時間で、担当する2万8千アールに均等に配分すると、1アールあたり1日わずか1秒しか訪問できません。年間に換算しても約4分程度の作業時間にしかならないため、細粒度な農作業や継続的な管理を行うには、ロボットの数を少なくとも数十倍に増やす必要があります。
総合的に見ると、Unitree G1を用いたスタンドアロン型の給電・運用システムは、現在の電池密度と価格水準を前提にすれば、物理的にも経済的にもおおむね整合した設計です。ただし、現状の構成では広域を定期的に巡回する「監視・点検用途」には適していますが、農地を常時作業するような高密度運用にはロボット密度と給電網の大幅な拡充が必要になります。
つまり、現行の性能水準でG1を農業分野に活用する場合、1基のステーションと10体のロボット構成でカバーできる範囲は半径3キロメートルほどが限界であり、1アールあたりの利益は年間2円前後で損益が釣り合う、というのが現実的な試算結果です。
要約すると,現在のバッテリーの出力密度が今後大幅に改善されることがないとした場合,単位ロボットシステムが展開できる最大面積は半径3〜4kmの円上であり,これを前提とした場合,ロボットが10体いたとしても1アールの土地に投入できるリソースは1日あたり最大たった1秒しかない.一方でこのシステムが損益分岐するためには,1アールの土地あたり年間2〜10円の価値を埋め込めこむことができれば十分な利益が確保できる.